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大阪高等裁判所 昭和50年(う)970号 判決 1976年10月12日

被告人 出本真次 外一二名

主文

原判決を破棄する。

被告人一三名をそれぞれ罰金一万円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金一〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は、別表の負担割合づつを各被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、大阪高等検察庁検察官検事杉島貞次郎提出の大阪地方検察庁検察官検事稲田克巳作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、被告人一三名の弁護人熊野勝之、同辛島宏、同仲田隆明、同藤田一良各作成の答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれらをここに引用する。

論旨は、原判決が本件各被告人に対する公訴事実を概ね肯認しながら、本件威力業務妨害につき、被告人らの本件行為が刑法二三四条にいう威力に当たらないとして同罪の成立を否定したのは、同条の解釈、適用を誤つたものであり、また本件不退去罪につき、可罰的違法性を否定したのは、刑法三五条ないし三七条及び一三〇条の解釈、適用を誤つたものであつて、その結果いずれも罪となるべき事実を罪とならないと判断して被告人らを無罪としたものであつて、その各誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、これを破棄し、さらに適正な裁判を求めるというのである。

これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。

一、本件各被告人に対する公訴事実はいずれも、「被告人は昭和四五年三月一五日開幕された日本万国博覧会の粉砕を標傍し、ほか多数と共謀のうえ、同日午後二時五分ころから吹田市千里丘陵日本万国博覧会場北大阪急行電鉄株式会社万国博中央口駅構内コンコースにおいて、ほか約一〇〇名と共に隊列を組み、『安保粉砕』『万博粉砕』のシユプレヒコールを繰り返しながら、第三段階の周囲をデモ行進したうえ、同駅駅長松尾太一郎より速やかに解散し駅構外に退去するよう要求を受けたにもかかわらず、これを無視し、同日午後二時一四分ごろまでその場に坐り込みを続け『万博粉砕』の演説、シユプレヒコールを行なつて気勢をあげ、もつて故なく同駅構内から退去せず、かつ、その間同駅構内コンコース附近一帯を混乱におとしいれ、同駅側をして約一〇分間にわたり、ホーム上の旅客がコンコースにあがるのを禁止し、改札業務を中止するなどの措置をとることを余儀なくさせ、もつて威力を用いて旅客の安全および正確な乗降を確保すべき同会社の業務を妨害したものである。」というのである。

二、原判決は、右の公訴事実のうち被告人らの行為が刑法二三四条にいう威力行為に該当するかどうかの点を除く、その余の事実をおおむねこれを認めるものであつて、原判決が認定した事実の要旨は、次のとおりであり、原判決の挙示する証拠によれば、これを肯認することができる。

(一)1. 被告人沢田壮一郎は、安保万博粉砕現地集会実行委員会の名称で、昭和四四年九月二八日から五回にわたり日本万国博覧会(以下万博という)開催反対のデモを主催し、更に、安保万博粉砕共闘会議名で右趣旨に最も効果的な時期である万博開催期間初日の昭和四五年三月一五日の午後二時三〇分より北大阪急行電鉄株式会社(以下北大阪急行という)の万国博中央口駅北側タクシー乗降場から進歩橋、日本政府館、日本庭園、ソ連館、調和橋を経由して右タクシー乗降場までのコースで同趣旨のデモをするについての許可申請をし、交通渋滞を理由に不許可となつたので、コースのみを右万国博中央口駅コンコースから右タクシー乗降場、外環状線、西口ゲート、佐竹台を経由して南千里駅ガード下までのコースに変更したうえ、再度同趣旨のデモの許可申請をし、再び不許可となつた。安保万博粉砕共闘会議は広く共鳴者に同年三月一五日午前一〇時に大阪城公園で開かれる春闘共闘委員会主催の集会に結集するよう呼びかけ、同一一時ころから同所で始まつた集会において被告人沢田らは同日午後二時に万国博中央口駅に結集して万博を実力で粉砕しようと演説し、右集会の参集者達の一部はこれに応じて三々五々右万国博中央口駅へ向つた。

2. そして、右大阪城公園から赴いた者や、別に南大阪教会に集合し同駅に向つた者などは、同日午後二時三分万国博中央口駅に到着し、ホームで一部隊列を整えた後、同所第三乗降口の段階を「安保粉砕」「万博粉砕」のシュプレヒコールをしながら、通常の徒歩の速度で昇つて行き、同二時五分前後に二階の中央コンコース(以下単にコンコースという)に上り終え、事前に同所に到着し待機していた者らも加わつて、被告人全員を含む七〇名ないし九〇名位が四、五列縦隊で、右第三段階のまわりを被告人三ヶ尻のもつ旗を先頭に、同沢田、同出本らのふく笛に合せて前同様のシユプレヒコールをしながら右まわりに普通の足どりで二回まわつた後、同二時九分ころ同所売店前付近に立ち止まり、大半が同所に同一四分ころまでの間坐りこみ、かつ、被告人沢田が皆に向つてこれからせい一ぱいの反対の意思表明をしようなどと挨拶をした。被告人らが階段を昇つている際、同駅駅員から速やかに構外に退去してくれとの呼びかけがあり、第三階段の周囲を回つている最中も、右駅の駅員が被告人らと共に右第三階段の周囲を移動しながら駅長松尾太一郎の退去要求を記載したプラカード八本位を高く掲げたり、ハンドマイクで同趣旨のことを述べたりして退去を要求し、被告人らが売店前に坐りこんだ後もその行為を続けた。

(二)  本件コンコースは、ほぼ正方形の形をした面積一二七三平方メートルの場所であり、東西の一線上に並ぶ第一ないし第四階段によつて一階のホームに通じるとともに、北集改札口と南集改札口の二ヶ所が出入口となつて万博会場に通じており、被告人らが四、五列縦隊でそのまわりをまわつた第三階段は同コンコースのほぼ中央に位置し、その他同コンコースには駅長室、駅務室等があり、更に被告人らが坐りこんだ場所のすぐ近くに精算所と売店が設けられていた。

(三)1. 駅関係者は事前に、本件当日の一五日には一〇〇〇人程度のデモ隊が来るとの情報を得ていたため、デモ隊が実際に来た場合にはコンコース内の乗客は集改札口外に出し、外からコンコース内に入つてくる乗客は集改札口で足どめし、ホームからコンコースへの階段は閉鎖してコンコースへ乗客が上らないように止めたうえ、デモ隊の様子をみてその状況に応じ、適宜安全な階段から誘導する、精算所は閉鎖する等を打合せていた。

2. そこで、北精算所は被告人らが現われたのを見て、事前の打合せどおり閉鎖し、南精算所はデモ隊が来るから精算所を閉めろとの指示を受けて閉鎖した。北集改札口は被告人らが同コンコースでシユプレヒコールを始めた時、駅長が閉めてくれと指示して閉めさせ、南集改札口も被告人らがコンコースをまわり始めた後、助役の指示によつて閉鎖した。南案内所は第三階段上り口付近がざわめいてくると同時にデモ隊が来たと連絡があつたのですぐ閉鎖した。また一階ホームでは午後二時六分、同九分、同一三分着の列車の降車客を足どめした。

3. 当日最も混雑した午前九時から一〇時ころまでの時刻には、二分三〇秒おきに一列車につき千七、八百名の乗客が降り、被告人らの行為のあつた午後二時すぎには一列車あたりの乗客数は約七〇〇名位であつた。そのころの降車客のうち五、六百名は北集改札口を利用していた。また一〇分以上閉鎖していた北集改札口の外には再開までの間に約一〇〇〇名の利用者が待つていた。

4. そして、被告人らが第三階段の周囲を二回まわつた時にはまだ七、八百名程度の人員が右コンコース内にいたが、そのうち、三、四百名は既に改札口へ向つていた。一般の滞留客はそのほとんどが被告人らを避けて遠ざかり、被告人らのまわりには私服警察官や報導関係者及び駅職員がいるだけといつてよい状況であつた。被告人らが同所売店前付近に立ち止つてから以降は右コンコース内の滞留人数は、右の私服警察官や報道関係者を含め二、三百名程度にすぎなくなつていた。右のコンコースの状況は、駅側が被告人らの行為による混乱の発生をおそれて前記2のとおり集改札口を閉鎖したり、コンコースへ上る降車客を一時ホームに足どめした結果作出されたものである。

三、原判決は、右認定事実に基づき、(一)威力業務妨害罪の成否につき、まず、本件当時の実際にあつたコンコースの状況下ではコンコースの混雑の程度、被告人らの人数、本件行為の態様、同駅の性格等よりして、被告人らの本件行為に威力性は認められないとし、ついで、右の実際にあつたコンコースの状況は、駅側が被告人らの行為による混乱の発生をおそれて集改札口を閉鎖したり、コンコースへ上る降車客を一時ホームに足どめした結果作出されたものであるが、かような駅側の規制が行なわれなかつたとしても、コンコース内の人の流れ、被告人らの坐りこんだ場所、服装、その他よりして被告人らの行為の右コンコースの流れに対する影響はより少ないといえること、万博駅の性質上、一般の駅以上に喧騒と混乱が本来的に予想されていること、被告人らの行為自体は万博見物の団体と同様のものであることなどから威力性は認められないとし、かつ、駅側の各集改札口、精算所の閉鎖などは、事前の過剰な情報に基づいて決定された打合せや指示に従い、被告人らが姿をみせたことから直ちにとられた措置であり、ホームでの足どめも駅側において被告人らが占めていた以外の第一あるいは第四階段を利用して乗降客を適宜誘導するなどの措置がとり得たのに、このような措置をとらずに右のような規制をしたことは過剰な措置であつたとして、右措置がなされたことをもつてしては、被告人らの行為に威力性は認められない、として各被告人を無罪とした。

そして、(二)不退去罪の成否について、被告人らが第三階段の周囲を一回まわつた時点である同日午後二時七分ころから一四分までの行為について不退去罪の構成要件に該当する事実が認められるが、被告人らの行為は万博開催反対という思想表現のための集団示威運動であること、被害者たる北大阪急行及び本件万国博中央口駅と万博とが密接な関係にあること、本件場所が団体客をはじめとする多数人が通過、滞留してかなりの喧騒にわたることも予想される駅のコンコースであること、本件行為の態様、滞留時間が七分間あまりにとどまること、その他諸般の事情に照らし、不退去の罪の責任を問うほどの可罰的違法性は存しない、として各被告人を無罪とした。

四、そこで検討するに、

(一)  威力業務妨害罪の成否について

案ずるに、刑法二三四条の「威力」とは、犯人の威勢、人数及び四囲の状勢よりみて被害者の自由意思を制圧するに足る犯人側の勢力をいい、かつ、右勢力は客観的にみて被害者の自由意思を制圧するに足るものであればよく、現実に被害者が自由意思を制圧されたことを要するものではないと解すべきところ(昭和二五年(れ)第一八六四号同二八年一月三〇日第二小法廷判決・刑集七巻一号一二八頁参照)、原判決は証拠によつて具体的に当時の実情を確定判示したうえ、被告人らの行為の威力性の存否を判断しているけれども、右判示自体からしてこれが上示の威力に該当していることを否定することはできない。すなわち、

1. 前記の原判決の認定するところの事実関係よりすれば、北大阪急行は、本件当日万博開催初日として本格的に多数の観覧客を輸送する事態を迎え、万国博中央口駅駅員はこれら乗降客の安全かつ円滑な駅構内の通行、電車への乗降を確保すべき業務に従事中であつたこと、被告人沢田らは万博粉砕を標傍して同日午後二時三分同駅に到着し、ホームで隊列を整えた後第三乗降口の階段を「安保粉砕」「万博粉砕」のシユプレヒコールをしながらのぼつて行き、同二時五分前後にコンコースに上り終え、事前に同所に到着し待機していた者らも加わつて被告人全員を含む七〇名ないし九〇名位が、四、五列縦隊で右第三階段の周囲を被告人三ヶ尻のもつ旗を先頭に、同沢田、同出本らのふく笛にあわせて前同様のシユプレヒコールをしながら二回まわつた後、同二時九分ころ同所売店前付近に立ちどまり、大半が同所に同二時一四分ころまでの間坐りこみ、被告人沢田が皆に向つてこれから精一杯の反対の意思表明をしようなどと挨拶をし、その間同駅駅員から再三再四速やかに構外へ退去してくれとの呼びかけや退去命令を受けたが、終始これを無視して右行為を続けたということ(以下被告人らの本件行為という。)、被告人らが第三段階の周囲を二回まわつていたころには七、八百名程度の人員が本件コンコース内にいて、そのうち三、四百名は改札口に向つていたが、残りの三、四百名程度はなおコンコース内に滞留していたこと、ホームには午後二時六分、同九分、同一三分にそれぞれ電車が到着し、一列車からそれぞれ約七〇〇名が下車し、計約二一〇〇名の降車客がホーム上で足どめされてコンコースに上るのを待つていたこと、閉鎖された北集改札口の外では再開までの間に約一〇〇〇名の万博帰りの客が改札を待つていたというのである。従つて、駅側がコンコースへ上ろうとする降車客をホーム上で足どめし、改札業務を中止して乗車客をコンコース内に入れないなどの措置を講じなかつたとすれば、被告人らが本件行為をなしている約一〇分間に、三千四、五百名もの乗降客がコンコースを利用することになり、客の多くは漸次ゆるやかにホームからコンコースを経て改札口へ、あるいは逆に改札口からコンコースを経てホームへ向つて流れ、一時にこれら大量の客がコンコースに滞留しているわけではないにしても、なお相当多数の乗降客が同時にコンコース内に居る状況であるうえ、第三階段は、ほぼ正方形の形をしたコンコースのほぼ中央に位置し、かつ、東西の一線上に並ぶ第一ないし第四階段中、端の階段ではなく、内側に位置する階段としてコンコースとホームを結ぶものであるというのであるから、その場所的、位置的関係上、第三階段付近はもつとも多くの乗降客に利用される場所であり、被告人らの本件行為がこの第三階段付近で行われたことからして、同階段付近を往来しようとする客の通行を妨害して混乱を惹起するおそれがあつたといわざるを得ない。ことに、被告人らは、同二時五分前後にコンコースに上り終え、同二時九分ごろ同所売店前付近に立ち止まるまでの間二回第三階段の周囲をまわつたというのであるから、同二時六分到着の電車からの降車客約七〇〇名中第三階段を利用してホームからコンコースに上る客は、コンコースに上つた途端、四、五列縦隊の隊伍を組み、先頭に旗を押し立て、笛にあわせてシユプレヒコールを繰り返しながら右階段の周囲を二回まわつている最中の被告人らを含むデモ隊に遭遇するわけであり、被告人らの集団と客の接触等混乱した事態を招きかねなかつたと認めざるを得ない。これらの事情を総合するとき、同駅側は、一般乗降客の安全かつ円滑なコンコース、ホームなど駅構内の通行、電車への乗降を確保するためには、まずもつて乗降客とデモ隊との接触混乱を防ぐべくホーム上の降車客をコンコースに上げないようホーム上に足どめし、また集改札口を閉鎖して乗車客をコンコース内に入れないようにするなどの措置をとり、暫次デモ隊の様子と事態の推移を見極めたうえ、乗降客を安全に誘導すべく手筈を整え、これを実行に移す措置をとらざるを得ない状況に立たされたものというべきである。しこうして、駅職員は、乗降客の安全かつ円滑な駅構内の通行と電車への乗降を確保することがもつとも重要な職責であつて、駅業務の執行に必要な駅構内コンコースにおいて、犯人がある行為に出た場合において、それがなされたことにより駅側が通常通り駅業務を続行しようとすれば乗降客の安全かつ円滑な駅構内の通行、電車への乗降確保は期し難く、乗降客の安全かつ円滑な通行、電車への乗降確保を期そうとすれば、駅業務の全部ないしは一部の執行を中止、あるいは制限せざるを得ない状況下におかれるようなときは、その犯人の行為は駅長はじめ駅職員の自由意思に威圧を加える勢力を有するものとして刑法二三四条にいう「威力」に該当するというべきであつて、被告人らの本件行為が万国博中央口駅駅長はじめ同駅駅員をして前述の規制措置をとることを余儀なくさせるようなものであつた点において本件行為の威力性を認めるに十分である。そして、被告人らが第三階段の周囲を二回まわつた時に、いまだ改札口に向わずコンコース内に滞留していた三、四百名のうち、一般の滞留客のほとんどが被告人らを避けて遠ざかつて行つたというのであるから、これら一般客の動向も被告人らの本件行為の威力性を窺わせるものといえる。

2. しかるに、原判決は、駅側が被告人らの占めていた以外の第一あるいは第四階段を利用すべく乗降客を適宜誘導するなどの措置をとらなかつたことをもつて、駅側のホーム上での足どめ規制は過剰なものであつたとし、また各集改札口等の閉鎖も不必要であつたとして、右の駅側の措置がなされたことをもつてしては当時の被告人らの本件行為を威力と評価することはできないとするのであるが、これは倒錯した論理であつて首肯することができない。すなわち、原判決は被告人らの本件行為が、駅側をして第三階段の使用を中止し、第一あるいは第四階段を使用して乗降客を誘導するなどの措置をとらざるを得なくさせるものであつたこと、すなわち通常の状況下における業務の執行を一部中止、変更せざるを得ない状態に陥れさせるものであつたことを認めたうえ、駅側が適宜の誘導措置を被告人らが検挙されるまでの間にはとらなかつたことを理由として被告人らの本件行為の威力性を否定するものであるところ、前記のとおり第三階段付近は本件コンコースのほぼ中央に位置し、もつとも利用度の高い階段、場所であると認められることよりして、同所の使用中止の及ぼす影響は小さくなく、原判決が認めるところの被告人らの本件行為が駅側をして第三階段及びその付近の使用中止と乗客の他への誘導措置を余儀なくさせるものであつたこと自体において、被告人らの本件行為の威力性を否定し去ることはできないのであつて、そのような事態におかれた駅側が適宜の誘導措置をとつたか否か、あるいは直ちに右措置をとつたか否かは被告人らの本件行為の威力性に直接消長を及ぼすものではない。しかも、被告人らデモ隊は、大阪城公園での被告人沢田らの演説に応じて三々五々万国博中央口駅へ向つた者、南大阪教会に集合して同駅に向つた者のほか事前に同駅のコンコースに到着して待機していた者らが合流して形成されたものであるというのであり、乗降客の適宜の誘導といつても、デモ隊がどの程度の規模のものとなるのか、コンコース内のどこで、どの程度の行動に出るのか等をある程度見極めたうえでなければ具体的に安全かつ適当な誘導方法を見出し、これを実施に移し得ないし、かつまたこれが実施のためには適宜駅員を配置するなど手筈を整えなければならないのであつて、これが見極めをつけ、手筈を整える間、まずもつて乗降客と被告人らデモ隊との接触混乱を防ぐべく、降車客をホーム上で足どめし、集改札口を閉鎖する等してコンコースに乗降客を入れないようにする措置をとつたからといつてこのことをもつて過剰措置であるとまではいえない。原判決が認定する前記二(三)1の駅側の事前の打合せ内容も右趣旨によるものと推認され、また、駅側が本件において現実にとつた乗降客の足どめ、集札改口等の閉鎖等の措置が前記被告人らデモ隊の様子と事態の推移の見極めをつけ、乗降客の安全かつ適当な誘導のための方法、手筈を整えるのに要する時間の範囲を大巾に越えていたとも認められない。

そして、被告人沢田らがさきに公安委員会に提出し不許可となつた集団示威行進の許可申請書に参加人員が一〇〇〇名と記載されていたことよりして、駅側ではその程度のデモ隊が来ることを予想して原判決認定の前記二(三)1の対策を立て駅員間で打合せをしていたところ、現実に来たのは七〇名ないし九〇名程度のデモ隊であつたというのであるが、右にみて来たように本件当時の具体的状況のもとにおいて駅側が前記のような規制措置をとつたことが過剰措置とまではいえない以上、その措置が事前の打合せに従つてとられたものか、否かは問題にならない。原判決はまた、駅員らが各集改札口等を閉鎖したのは、被告人らの現実の行為に危険を感じたからではなく、被告人らが姿をみせたことから直ちに事前の打合せや指示に従つたまでのことであるとして、このことを被告人らの行為の威力性を否定する根拠の一つとしているが、ここにいう威力は、前述のとおり客観的にみて被害者の自由意思を制圧するに足る犯人側の勢力をいい、現実に被害者の自由意思が制圧されたことを要しないのであるから、被告人らの本件行為が右にみて来たようなものである以上、駅員らの主観において現実に危険を感じたかどうかを問わないといわねばならない。

そしてまた、本件場所が多数人の利用する駅であり、万博会場へ赴く不特定多数の観覧客の利用に供せられるという性質上、必然的に生ずる喧騒と混雑が本来的に予想されており、一般団体客などがコンコース内をまとまつて歩行したり、数分間滞留したり、あるいは引率者が大声で指示したり、多少喧騒にわたる状態が生ずるというようなことは日常よくあり得るにしても、これらは一般にそのまま放置しておいても、その団体等の行為は、駅の業務にことさら支障を及ぼすものでも、一般乗降客に危険や不安感を及ぼすようなものでもなく、かつそのような事態に発展することもないことよりして、社会的に受忍されているのであつて、これが限度をこえるものについてやはり業務妨害が問題となるのであつて、被告人らの本件行為の態様に徴して右一般の団体客などの行為と同視することは相当でないし、社会的に受忍されている行為とも認められない。

3. 以上、被告人らの本件行為は、刑法二三四条にいう威力を用いた場合に該当するものというべきである。したがって、被告人らの本件行為が威力に該当しないとして威力業務妨害罪の成立を否定した原判決は、同法条の解釈適用を誤つた違法があり、右はもとより判決に影響を及ぼすこと明らかである。論旨は理由である。

(二)  不退去罪の成否について

原判決は、不退去罪の構成要件に該当する事実があることを認めながら、同罪の責任を問うほどの可罰的違法性は存しないと判断したのであるが、被告人らの本件行為の動機、目的は、万博開催に反対する意思表示行動の一環として行われたものであり、被告人らが被告人ら及び弁護人らの主張するような事実認識のもとに、万博を不当と考え右万博開催に反対すべしとの意見を表明し、一般大衆に訴えようとすること自体は、憲法が基本的人権の一つとして保障する表現の自由の範囲に属し、もとよりなんら違法視されるべきものではない。

しかしながら、表現の自由とくに集団的行動によつてなんらかの思想や意思を表現することには、他の各種の人権や自由との矛盾、衝突を伴うことが予測されるのであつて、絶対無制限のものではなく、これを行なう場合には、その場所、時、手段、方法により相応の制約を受けることもまた当然である。万国博中央口駅は、北大阪急行の運行する電車の乗降客に対し、電車への安全かつ円滑な乗降という施設本来の目的にそつた利用に供するために設けられたものであるから、本件のように駅構内での集団示威行進などはその管理者の意思に反しては行ないえないのである。しかるに、被告人沢田らは吹田市公安委員会に対し二回にわたり集団示威行進の許可申請をなし、いずれも交通渋滞を理由に不許可になつたにもかかわらず、あくまでも万博反対の集団示威行進をしようとして万国博中央口駅に結集し、管理者たる同駅駅長の再三再四の明確かつ強い制止、退去要求があつたのにかかわらず、これに全く応じなかつたものであつて、その間警察官により被告人らデモ隊が全員排除されるまでの間同駅の正常な業務の執行を阻害し、多数の乗降客の平穏かつ円滑な乗降を妨げたものであつて、被告人らのコンコースでの滞留時間は七分間程度であつたけれども、これにしても被告人らが自発的に退去したがためではなく、警察官によつて検挙されたがために短時間に終つたものであること等に照らすとき、いまだ被告人らの本件不退去行為をもつて健全な社会通念上一般に放置し得る程度の軽微なものとは認め難く、可罰的違法性が全く存しないとまではいえない。

したがって、被告人らの本件不退去行為が可罰的違法性がないとして不退去罪の成立を否定した原判決は刑法一三〇条の解釈適用を誤つた違法があり、右は判決に影響を及ぼすこと明らかである。論旨は理由がある。

五、よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を全部破棄し、原判決は法律判断の対象となる事実を認定し、法律判断により無罪を言い渡しており、改めて事実の取調をするまでもなく直ちに判決することができると認められるので、同法四〇〇条但書により被告事件についてさらに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人らは、昭和四五年三月一五日開幕された日本万国博覧会の粉砕を標傍し、

(一)  同日午後二時五分ころ、吹田市千里丘陵日本万国博覧会場北大阪急行電鉄株式会社万国博中央口駅構内コンコースにおいて、同所第三階段付近に集合した七〇名ないし九〇名と意思を相通じて、四、五列縦隊で隊列を組み、被告人三ヶ尻のもつ旗を先頭に、同沢田、同出本のふく笛に合せて「安保粉砕」「万博粉砕」のシユプレヒコールをしながら同所第三階段の周囲を二回まわつてデモ行進したうえ、同所売店前付近に立ち止まり、大半が同所に同一四分ころまでの間その場に坐りこみ、かつ、被告人沢田が皆に向つてこれからせい一ぱいの反対の意思表明をしようなどと挨拶したりして、その間同駅構内コンコース第三階段及び売店前付近の乗降客の正常な通行を阻害し、同駅側をして約九分間にわたり、ホーム上の旅客がコンコースにあがるのを足どめし、改札業務を中止するなどの措置をとることを余儀なくさせ、もつて威力を用いて旅客の安全かつ円滑な乗降を確保すべき同会社の業務を妨害し

(二)  同駅駅長松尾太一郎の看守する同駅コンコースにおいて、右の被告人らのデモ行進に際し、同駅駅員から速やかに退去してくれるよう呼びかけられ、ついで、同所第三階段の周囲を一回まわつてデモ行進した時点である同日午後二時七分ころより引続き再三再四にわたり同駅長名で同所から退去するよう要求を受けたのにかかわらず、同一四分ころまで、右七〇名ないし九〇名と意思を相通じて同所に故なく滞留して退去しなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、被告人らを本件で処罰するのは憲法二一条に違反し、被告人らの本件各行為は正当行為、社会的相当行為であり、ないしは万国博の開催という政府の行為に対する正当防衛、緊急避難であつて違法性を欠如すると主張する。

しかしながら、被告人らの行為が万国博の開催という政府の行為に反対の思想、信条を抱き、これを表明しようとするにあつたけれども、憲法二一条の定める表現の自由といつてもそれは絶対無制限のものではなく、前示のとおりその性質上表現の場所、時、手段、方法において自からそれ相応の制約を受けることは当然であるところ、すでに前記四の(一)(二)で判示して来たところから明らかなように、被告人らの本件各行為は憲法の保障する表現の自由の範囲を逸脱し、かつ、正当防衛、緊急避難の要件たる急迫不正の侵害又は現在の危難があつたとはいえず、法秩序全体の見地からこれをみるとき、その動機、目的、手段、方法、態様及び法益侵害の程度、その他諸般の事情に照らして刑法上の違法性に欠けるところはない。よつて弁護人らの右主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人らの判示所為中(一)はいずれも刑法六〇条、二三四条に該当するので同法二三三条(同法六条、一〇条により罰金の多額及び寡額は昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項、三条一項一号所定の額による。)の定める刑により、(二)はいずれも刑法六〇条、一三〇条後段(罰金の多額及び寡額は前同かつこ内に同じ。)に各該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い威力業務妨害罪の刑で処断することとし、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、その範囲内で、被告人一三名をそれぞれ罰金一万円に処し、刑法一八条により被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、それぞれ金一〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置することとし、刑事訴訟法一八一条一項本文により原審における訴訟費用は、別表の割合ずつを当該被告人の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢島好信 吉田治正 朝岡智幸)

別紙(略)

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